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四季を通して花・風景そして富士山を撮っています。 ドライブ・旅行も好きなので海外・国内旅行などを 楽しんで頂ければ嬉しいです。

ポルトガル~11(最終章)

         5日は土の中の虫もお目覚めの啓蟄ですね~



       ポルトガル旅行もやっと~
今日で最終章になります~

    健忘症~
痴呆~
頭の隅のウル覚えもポロポロ欠けてしまいそうな~

          片目でサラッと見て下されば嬉しいですが・・・

         もう~飽きたと思う方はスルーして構いません~


            7~8日目(1月23~24日)

1)ホテルの部屋から~リスボン最後、7日目の朝7:26


2)月がキレイ~
       空港が近いので上空に飛行機です~


3)2日間連泊のリスボン・マリオットホテル


4)9:00にホテルを出発して15分でリスボン空港へ~


5)リスボン空港で出国手続きもスムーズに~



空港が近く~

ゆっくり出発で

良かったです~







 6)お土産を沢山買った人は重さを気にして一人23kgですが・・・




23kgオーバーの

場合は、23kgを

2個までOKですが

そんな心配も無く~ 



                          
           空港内のガラス越しなので写り込みがあります・・・


7)最近は荷物制限が何処の国でも厳しいのに~
  緩いカウンターで~
トランクの重さの表示が出ずフリーパス状態でした~



ツアーの場合、

荷物のフリーパスは

昔は良く有ったが~

最近では珍しいです






8)リスボン発12:05が遅れて13:08フランクフルトへ~FLIGHT




出発して安定すると

思いきや~乱気流

落ち着いてから

食事が出ました~





9)フランクフルト着17:00(所要時間約3時間弱) TRANSIT


リスボンと

フランクフルトの時差

1時間です。

飛行機を降りた時

寒くてビックリ~


外は冷たい雨でした。




10)フランクフルト発20:45羽田空港へ約11時間30分のFLIGHTです~





席が通路側になり~

外は見えません~








11)2度の食事と映画鑑賞~仮眠~

    フランクフルトからなのに~


流石~ANA~

お蕎麦があって~

嬉しかった~

アイスクリームも

有りましたが~

撮るのを忘れました



 
             12)フランクフルトと日本の時差は8時間



8日目(1月24日)

グループの人が

窓側だったので

そちらへ移動です。




13)日本海を通過して~雲の下に雪山が見えます~



佐渡ヶ島上空も

通過しましたが・・・

見ただけで

撮れなかった~






           14)このお天気なら富士山が見えるカモ~















15)東京湾に沈む夕陽を撮っていたら~右下に富士山です~









⇦富士山






       16)富士山が見えて来ましたが・・・太陽がまだ~高い~




富士山がキレイに

撮れません~









17)飛行機は着陸態勢でドンドン降下です~












⇦右下奥に富士山



           18)こんな状況~















19)16:15に無事羽田空港に到着です~















           20)もう少し時間が遅ければ~















21)富士山がちょうど良く撮れたのに~残念~


22)今回も何事も無く~無事に帰国出来た事に感謝です~

            撮影  2017年1月23~24日
            場所  リスボン・フランクフルト・羽田

     写真が多いので縮小しましたが~右下をクリックすると拡大します~

     温暖な気候と世界航海へいち早く繰り出した誇り高き勇者を感じ~

     思っていたより訪問してポルトガルを知る事が出来て良かったです~

       長々拙い旅ブログにお付き合い頂き有り難う御座います~


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ポルトガル~10(リスボン~ロカ岬~シントラ~エヴォラ)

         今日はひな祭り
に相応しい良いお天気になりました~

            ご心配を頂き~有り難う御座います~

            用事に追われて疎かになっていました~

       ポルトガル旅行(ラス前)を早く終わりにしたいので続きです~

          世界に先駆けて~海を目指した永久のロマン~

       日本との関係が深いポルトガルを感じで頂けると嬉しいですが・・・

         写真が多いので~飽きた方はスルーして構いません~


               6日目(1月22日)

1)ホテルの部屋(F8)より陽が差してきました~
良いお天気の気配~


2)テラスから下を見ると~足が震えます~















            3)リスボン・マリオットHOTEL
















      リスボンから約42km(約40分)ロカ岬へ~

4)ユーラシア大陸最西端ロカ岬が見えて来ました~















5)ン~
ここだったんだ~
パンフでよく目にする光景を撮ってみました~




一番最初の

パンフと同じ

アングルです~







6)海抜104m、真っ直ぐ~向こう岸は5000kmでアメリカです



断崖から見下ろすと~

小舟が波に揺れて~










7)最果ての地、ポルトガルの偉大な詩人「カモンイス」が詠んだ
  「ここに地終わり、海始まる」と云う一節が刻まれた塔、高さ140m


          8)ここは飛ばし屋ライダーが多いそうです~



カッコイイので~

許可を頂き

撮らせて頂きました。







9)日本のジョウビタキと同じかな~


ジョウビ君は

スピード違反しても

捕まらないよ~









    ロカ岬から~約19km(約30分)シントラへ向かいます~

10)世界遺産・シントラの王宮 ポルトガル王室の避暑地


      かつては王室の夏の離宮も置かれ、王宮とペナ宮殿は
  ユネスコの「シントラの文化的景観」の名前で世界遺産に登録されています。

11)


12)宮殿内でもっとも広く、晩餐会や舞踏会の場となった「白鳥の間
白鳥が27羽すべて異なったポーズで描かれており、首には王冠がかけてあります。



13)「鵲の間」王が女官にキスをしたのを王妃に見られ~
女官の噂話が広まり「おしゃべり」という意味のある鳥である鵲(カササギ)



14)主宮は少なくとも15世紀初頭から19世紀後半にかけポルトガル王家が
   住み続けており、ポルトガル国内で最も保存状態の良い中世の建物です。
           アズレージョが素晴らしいです~


15)ポルトガル王家の美の結晶です。
   イスラム教徒が残した建物にディニス王が手を加え整備すると、
 その後、ジョアン1世(エンリケ航海王子の父)が増改築し、基礎を築きました。


16)シントラ名物ケイジャーター


17)駐車場近くで、漁師町ナザレの女性たちに遭遇~
   陽気な女性たちで~写真を撮らせて貰っていると・・・

 
    既婚の女性は、スカーフで頭を覆い、刺繍入り のエプロンをし、
     その下に7枚重ねのミニスカートを履いてスリッパです~
            未亡人は黒い服を纏います。

        7枚重ねのスカートの意味は諸説ありますが、
     漁師の妻たちが夫が海に出ている間の1週間の安全を願って
     7枚のスカートを履いたことが始まりとも言われています。

    ガイドさんは7日間待つ間の涙を拭いたと云っていました~

18)7枚のミニスカートを見せて~みんなで踊ってくれました~




19)陽気で逞しいナザレの女性の事でバスの中は盛り上がりました~





シントラから40分

リスボンに戻り~







              日曜日だったので~凄い人混みです~

          レストランが沢山並んでいる通りを教えてもらい~

           20)ロシオ広場で自由ランチです~





初めてでは

何処へ入って良いのか

判りません~






21)添乗員さんが以前に食べて美味しかったお店へ行きました~


   鱈のコロッケ海鮮リゾットです~お薦めだけあって美味しかった~

     これで~€=9(今のレート約1080円)は安いです~


 午後からはリスボンで自由行動の人達とエヴォラへ向かうグループに別れます。

   私はエヴォラを選びました~
       見た事があるキリスト像~




22)テージョ川を渡る時ベレンの塔、発見の塔














  リスボンから約131km(約1時間40分)エヴォラへ向かいます~

23)城壁に囲まれた古都エヴォラが見えてきました~


      エヴォラは、スペイン国境に近いポルトガル南東部の
農業が盛んのアレンテージョ地方(テージョ川の南に広がる平野地帯)に 位置し、

    ローマ時代の城壁に囲まれた旧市街は「エヴォラ歴史地区」の名で
     1986年に ユネスコの世界遺産に登録された歴史ある街です。

24)ヴァスコ・ダ・ガマがここでインドへの航海を任命されたと伝えられている。
                         エヴォラ大聖堂


25)バロックの礼拝堂をバックに本堂    


     エヴォラ大聖堂は、エヴォラの歴史地区にあります。

    日本とはかかわりが深く、1584年に天正遺欧少年使節が訪れて、

   ヨーロッパで2台しかない「イベリアパイプオルガン」を演奏したそうです。
    

26)エヴォラ大聖堂


27)ローマ時代のディアナ神殿
   1世紀にローマ皇帝アウグストゥスを祀るために造られた神殿。
 女神ディアナを祀ったものであるとの俗説から、ディアナ神殿とも呼ばれる。


   ローマ時代の城壁に囲まれ、町全体がまるで美術館のようです。
28)ルネッサンス期には大学が設置され、「学芸の都」とも呼ばれています。

                         日本人彫刻家の作品


29)エヴォラの風景(アグア・デ・ラプラタ送水路を望む)



30)エヴォラのケイジャーター出来たて~



31)夕陽を愛でながら~リスボンへ戻ります~
















           32)リスボンで自由行動の人達と合流して















33)ポルトガル最後の晩餐~
メイン=干し鱈のリゾット~これは塩辛くて食べられなかった~



34)リスボンの夜は更けて~


              
          ~~~オ・マ・ケ~~~

リスボンのHOTEL前で見た消火栓         エヴォラで見た消火栓























     撮影  2017年1月22日
     場所  ポルトガル・リスボン~ロカ岬~シントラ~エヴォラ

           最後まで見て下さり~有り難う御座います。

     次回ラストになりますので~今回もコメ閉じにさせて頂きます~


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ポルトガル~9(リスボン)
           
   三寒四温で春めいて来てますが・・・もう~2月も今日が最後です~

   季節に追われポルトガル記事も疎かになり記憶が薄れてきています~

   少しでも頭の隅に残っているのを引っ張り出してメモを頼りの旅行記、

        例に依って飽きた方はスルーして構いません~

      ポルトガルの事は皆さんもよくご存知と思いますが・・・

     1543年、種子島へポルトガル商人が漂着(鉄砲伝来)したことが

      日本へのポルトガル人の最初の上陸であったとされています。

     ベレンからリスボン市内をバスでグルグル回って~


     いろいろ云われても歩いてみないと判りません~

1)サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台からのリスボンの街


2)坂の多い街で狭い所を路面電車が走っています~



電車に落書き~

これもアート~








       3)路面電車に乗りました~€3.70(約463円)











4)大勢の人が歩いています~



電車は観光料金で高いです~

地元の人は歩いていますね~






 5)下から電車が上がってきます。










6)エッ~もう終わり~












    乗車時間は5~6分で

   アッと言う間に終点です~





       7)私達が乗った路面電車~こんなに傾斜があるのね~




この様な光景が

沢山見られました。







8)いい匂いの焼き栗が売っていました~€2(約250円)


 リスボン=€2

 ポルト=€1、5

アヴェイロ=€1

 場所で値段が

  違いますが

 美味しかった~


  1549年にはフランシスコ・ザビエルが日本を訪れキリスト教布教活動、

   その後、織田信長らの庇護のもと両国間で南蛮貿易が開始され、

     1557年にマカオの居留権を獲得したポルトガルは同地と九州

        拠点としながら貿易を展開していきました。
                      (Wikipediaより拝借
                           
          9)コメルシオ広場














10)レスタウラドーレス広場  11)サンタ・ジェスタのエレベーター





















「復興者たち」を意味する高さ30mのオベリスク


12)リスボンのマリオットホテル~2連泊です~


13)F8の部屋からリスボンの夕焼け~


14)一休みして夕食のレストランへ~


15)サラダ=キャベツ、トマト、チーズ添え
   メイン=烏賊・ベーコンの串焼き温野菜添えポテト付き
  デザート=プリン~これも美味~
 
  ワインは紅白ボトル付き~



     魚介が豊富なポルトガルは魚を沢山食べます~
     この串焼きは日本人向きで美味しかったですね~

16)食事を頂きながらの哀愁漂うファドディナーショーです~


17)ポルトガル伝統歌謡ファドポルトガルに生まれた民族歌謡
   ファドとは運命 、または宿命を意味し、
   このような意味の言葉で自分たちの民族歌謡を表わします~






















      ファドを聴かせるお店が沢山あるのでしょうか~

    一人が終わると~少し時間を置いて次の男の人も来ました。

18)中間で可愛い民族舞踊も~














            19)狭い舞台で躍動感があり~



ポルトガル独自の

民族舞踊が

楽しめました~






       ラストは美人歌手で~素晴らしいです~
20)ファドは郷愁と哀しみに満ちたサウダーデの独特のメロディと




















ファディスタ(女性の歌手)の切ない声音、そこにギターの調べが重なり、

  悲しくも美しい世界へと聞く者を誘い~思わず聴き惚れました~


          ~~~オ・マ・ケ~~~

             リスボンで見た消火栓





















               撮影  2017年1月21日
               場所  ポルトガル・リスボン

         枚数が多くなりましたので~次回へ続きます~

             コメ閉じにさせて頂きます~


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ポルトガル~8(ナザレ~オビドス~リスボン)



                今日も良いお天気です~

        朝から花粉の症状で頭痛がして外出する気になれません~

   河津桜も一段落したので~ティッシュ抱えてポルトガル旅行の続きです~


               5日目(1月21日)

 リゾート地ナザレからバスで約33km(約30分)オビドスへ向かいます~

1)ナザレの海岸の朝焼け~月が見えます~

















              2)オビドスが見えて来ました~
















       1228年にデニス王は、この地を訪れ深く魅せられた

       イザベル王妃にオビドスを プレゼントしたことから、

   19世紀まで代々ポルトガル王妃の直轄地、別名“王妃村”として栄えました。


3)左側のアーチを潜り抜け~















            4)お土産屋さんが並ぶディレイタ通りを歩くと~








  レコードです~







5)城壁に囲まれた人口800人の小さな村は「谷間の真珠」と云われています。















           6)突き当りは現在人気のポザーダになっています。




城壁を歩くと40分

くらい掛かるので

見上げただけでした。







7)サンタ・マリア広場           ペロリーニョ(罪人のさらし柱)


8)寒かったのでホットワインやお酒の効いた(20度くらい)
                  チョコカップが美味しかった~


9)入り口から城壁の外へ向かって延びる水道橋



10)オビドス観光が済み~リスボンへ約81km(約1時間10分)向かいます。




高速道路のゲート

車内からで

写り込みはご容赦を







    11)リスボンの中心地からテージョ川沿い6km程西にあるベレン地区















12)ベレン地区のシンボル、世界遺産ジェロニモス修道院


13)ここでランチです。お店が沢山あり~自由ランチです。
   魚介のスープ、メインはイシモチの様な焼き魚、ワイン付きで€10です。



14)ランチを済ませ~ジェロニモス修道院へ入場です~





15)ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓及び、エンリケ航海王子の偉業を
   称えて造られた修道院で、マヌエル様式建築の最高傑作といわれています。

                          内陣=王家の霊廟


16)カラベル船が彫られたヴァスコ・ダ・ガマの棺



インド航路を発見した

ヴァスコ・ダ・ガマ









        17)ガマの偉業を一大叙情詩とうたいあげたポルトガル最大の詩人
                               ルイス・デ・カモンイスの棺















18)食堂 聖ジェロニモスを描いた絵(アズレージョ)が飾られています。



建設当時は

修道士の共同室だった










        19)大航海時代の富を注ぎ込んで建設され豪華な回廊など、
           美しい装飾が目を引きます。















20)中庭を囲む55m四方の回廊















21)聖歌隊席から教会内部を見下ろす~
 素晴らしいです~



22)南門は1518年聖母マリア像を中心に24人の聖人や高位聖職者の像



            23)世界遺産ベレンの塔は、
    バスコ・ダ・ガマインド航路発見の偉業をたたえて建てられたそうです。




1515年に
マヌエル一世の命で
着工1520年完成

元はテージョ川を
行き交う船を監視し、
河口を守る要塞だった

                                                               

        船の通関手続きを行う税関や灯台としても使われた。


24)マヌエル様式の優雅な石造りの塔を、





訪れた司馬遼太郎

貴婦人がドレスの裾を

広げている姿に喩え





              25)「テージョ川の 貴婦人」と、表現した~

















26)広場には大理石造りのコンパスと世界地図があり、















      27)ポルトガル人が初めて日本に到着した年も刻まれています。
















      28)発見記念塔エンリケ航海王子没後500年
           記念して建てられた記念碑です。高さ52m



29)ヴァスコ・ダ・ガマなど27人の偉人が続きます。

        夕方で日が当たらない方に偉人が彫られていました~

        見てもよく判らないので⇒で判る様に書きました~
  

  
30)テージョ川を後に~リスボン市内へ向かいます~



                  撮影  2017年1月21日
                  場所  ポルトガル・オビドス~ベレン

           最後まで見て下さり有り難う御座います~

         まだ~続きますので~コメ閉じにさせて頂きます~



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ポルトガル~7(バターリャ~アルコバサ~ナザレ)
             ポルトガル旅行の続きです。

           見所満載で枚数が多くなりました~


    独断と偏見の旅行記~片目でサラッと見て頂けると嬉しいですが・・・

          見飽きた方はスルーして構いません~

             4日目の午後(1月20日)

        前回、バターリャで鰯の炭火焼きランチを頂き~

      日本では普段食べない鰯が大きく美味でビックリでした~

        バターリャはポルトガル語で「戦い」と云う意味

         1385年、王位継承問題を巡りポルトガル軍は

        スペインのカスティーリャ軍と戦い勝利を収めます。 

        バターリャの修道院は、その象徴として建てられ、

サンタ・マリア・ダ・ヴィトーリア(勝利の聖母マリア)修道院」と言います。

           1983年、世界遺産に登録された。

1)独立を象徴する「勝利の聖母マリア修道院」   ジョアン1世の騎馬像


  ゴシック建築の特徴である尖塔と重量を支えるための見事な控え壁、

    随所に見られる華やかなマヌエル様式と他の様々な建築様式が

          融合した世界でも珍しい建築物です。

2)バターリャ修道院正面入り口          身廊の高さは32m            

      身廊(しんろう)とはバシリカ式聖堂 の祭壇手前の礼拝のための空間

3)アーチ状の入り口には、78の聖像が6列に分けて並んでいます。 



4)このバターリャ修道院は、ポルトガルで最初にステンドグラスを備えた教会


5)外からの光がステンドグラスを通して神々しい煌きに~





                6)支柱が素晴らしい~
     アーチ型に掛けられ~ゴシック建築に特有の装飾が施されています。



7)王の回廊                  無名の戦士の墓

           第一次世界大戦で亡くなった2人の無名の戦士の墓があり、
              これを守る兵士は各国から来るそうです。


       アーチ部分にあしらわれたマヌエル様式の狭間飾りは、

       回廊が作られてから100年後にマヌエル1世の命で

  ボイタックという人(リスボンの世界遺産「ジェロニモス修道院」の回廊を

     手掛けた人だそうです)が装飾を施したものだそうです。
8)



 9)狭間飾りが映し出されて美しい ~                                                         













    天球儀  



   10)マヌエル様式とは、ポルトガルを代表する16世紀初めの建築様式















11)ゴシック建築を基調とする様式で















           12)マヌエル様式の装飾が美しい王の回廊















13)大航海時代の繁栄を彷彿させる豪華な装飾が特徴















   14)アヴィス王朝初代王のドン・ジュアン一世の命により
      1386年から1517年までの長い年月をかけて建築された。
       その間、7人のポルトガル王が在籍している。



ジョアン1世と
王妃フィリパの墓の
南側には、
ペドロ王子
エンリケ航海王子、フェスで客死した
フェルナンド王子
墓がある






             15)未完の礼拝堂
         マヌエル様式の装飾が美しい「未完の礼拝堂」は、
    着工後100年ほど工事が続けられたが、1521年に即位したジョアン3世が

       リスボンのジェロニモス修道院の建築に集中するため、
   バターリャ礼拝堂の建設を中止したため、未完に終わったのだそうです。















 16)ドゥアルテ1世とその妻であるレオノール・デ・レオンの2人のみが埋葬




手を繋いで

眠っています~










17)スタイリッシュであるマヌエル様式の彫刻は、天球、翼を生やした天使、
   貝殻、ロープ、コショーの実、パイナップル、カタツムリも表現されています



18)様式名は大航海時代を築いたポルトガル王マヌエル一世に由来する。



 バターリャの「勝利の聖母マリア修道院」から~バスで20分アルコバサへ~

     アルコア川バサ川の合流地点と云う事でアルコバサと云うそうです。

             ナザレの東約14kmに位置し、

      アルコア 川とバサ川の交わる場所にある小さな町に建つ


  19)シトー派の修道院「アルコバサ悲恋のサンタ・マリア修道院

      正面ファサードは18世紀の改築によってバロック様式

20)1989年に世界遺産に登録     高さ20m、奥行106mの聖堂身廊


21)質素、簡潔をモットーとしたシトー派らしく、直線的で簡素。
   彫刻などの装飾を排する事で、荘厳な空間を造り出している様です。



22)王の広間-修道院設立の物語が描かれたアズレージョ


          23)地下水が流れ出ています。


24)厨房の熱で上の部屋を温めた このドアを通れない人は食事制限があった

厨房で数百人の食事が作られた。      修道士の太り過ぎをチェック~


25)修道院の食堂   説教台


26)僧の広間 修練僧の宿泊場所



  ペドロ王は妻の侍女イネス・デ・カストロとの悲恋物語で知られています~

 ペドロ王は1334年に2番目の妻としてコンスタンサ・マヌエルと結婚しました。

27)ペドロの柩         地獄絵図と天国絵図

 
  しかしペドロは妻コンスタンサ・マヌエルの侍女イネスと恋に落ち~

 それを良く思わなかったペドロの父であるポルトガル王アフォンソ4世に

          仲を引き裂かれてしまいます~

28)イネスの柩


      1345年に妻コンスタンサ・マヌエルが死去すると、

    ペドロとイネスの2人の仲は公然化し子供も生まれたものの、

    ペドロに絶望したアフォンソ王は重臣たちにイネス殺害を命じ、

    1355年にイネスは涙の館と呼ばれる場所で暗殺されてしまいます。

     29)アフォンソ王が死去し、ペドロはポルトガル王位に即位した。
          これがペドロ1世(在位1357年 - 1367年)


          その後父の死により王位に就いたペドロは、

       イネス暗殺に関わった重臣を自らの目の前で処刑しました。

         その後二度と結婚することなく1367年に死去し、

        アルコバサ修道院にイネスと並んで葬られています。

                30)この下が水路と聞きました。


  ドニャ・イネスの悲劇は、ポルトガルの詩や伝説の中で永く語り継がれている

31)疲れて~テラスでカフェ・ラテ=€2(約250円)



      アルコバサからナザレへ~約11km(約10分)

       ホテルへ入る前にミゼリコルディア展望台へ~

32)ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会















             33)ナザレの町が一望 
















34)ヴァスコ・ダ・ガマも訪れたそうです~
      アズレージョ



35)夕陽に染まって~


36)ちょうど間に合った夕陽~


           37)縦バージョン~


38)ご夫婦に協力してもらい~思い出に残る夕陽でした~

                   
型と言ったのに~ゴジラみたい~

39)言葉は要らない~















             40)大西洋に沈む夕陽~















41)ナザレの夕焼け~雲が染まって~いつまでも見て居たかった~
















42)ホテルに戻り夕食です。
   ワイン=€3
       魚介スープ・ミックスサラダ・
   メイン=チキンソテーパスタ添え
  デザート=パンデーロ(カステラの原型で中身が半熟)

      撮影  2017年1月20日
      場所  ポルトガル・ナザレ・ファティマ・バターリャ・アルコバサ
             
          4日目は朝から修道院ばかり3箇所巡りました。

           ファティマ・祈りのサンタ・マリア修道院
           バターリャ・戦いのサンタ・マリア修道院
           アルコバサ・悲恋のサンタ・マリア修道院

   そして4日目の最後はナザレの大西洋に沈む夕陽が素晴らしかったです~
         
          最後まで見て頂き~有り難う御座います~


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