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四季を通して花・風景そして富士山を撮っています。 ドライブ・旅行も好きなので海外・国内旅行などを 楽しんで頂ければ嬉しいです。

ドイツ紀行~15(最終章)
 今日も穏やかな良いお天気になりました。
野鳥や早春の花を追い掛け~
ドイツ紀行が疎かになっていますが~
ドイツ紀行最終章です。

9日目(11月7日)

ワイマールから世界遺産のあるアイゼナハへ向かいます。

1)ワイマールのホテルの部屋から朝焼けに染まる飛行機雲。
2)ワイマールのホテル
道路を挟んで目の前が駅です。子供達が学校へ行くバスを待っている。
3)ワイマールから約83km(約1時間40分)のアイゼナハ
車窓から日本の東日本大震災を踏まえ原発を廃止した
ドイツでは風力発電をよく見ます。

海外へ行くと日本の電力無駄使いがよく判りますね~
日本が原発の怖さを一番判っているはずなのに~
企業優先で止める事が出来ず、悲しい事です。

4)アイゼナハは標高220m山岳地帯に広がる
ドイツ中部テューリングン州の森の中に ある小都市です。
黄葉でキレイでした。

バスを降りて山の上にあるヴァルトブルク城へ行きます。
1999年12月にユネスコの世界遺産に登録

5)ヴァルトブルク城はドイツのテューリンゲン州にある史跡
             300数段の階段がキツイです~(>_<)
6)ゲーテ街道沿いにある
  アイゼナハ郊外の山上に位置し町を一望です。
7)下に見えるのは隣接するアウフ・デア・ヴァルトブルクホテル
8)900年間のドイツの歴史を語る城
9)文豪ゲーテは城の美しさに感動し、
  ワイマール公国の宰相になってからも城の修復を命じています。

1067年、テューリンゲン伯ルートヴィヒ・デア・シュプリンガー
(跳躍伯)が山頂を見て「待て (wart) 汝我が城 (burg) となれ」と
叫び建築を命じたことに由来するとされる。(wikipedia)


10)左側が城主                  紋章~?
コレがどう云う意味なのか判りません~
11)金色のモザイクが目が眩む様な美しさの「エリザベートの間
 12)聖エリザベートはハンガリーから4歳でこの城に連れてこら
   王妃となりますが・・・

13)華美な生活を好まず、恵まれない人々のために生涯身を捧げた。

ワーグナーは、城内の歌合戦の間を舞台に、
歌劇『タンホイザー』を書き上げました。

14)「祝宴の間」中世には恋愛詩人達が歌合戦を繰り広げた。

15)渡り廊下の飾り窓から~

16)1521年から22年にかけて宗教改革を唱えた
マルティン・ルターが
新約聖書をドイツ語に訳した場所

その時に飛ばしたインク跡があり~削られていました。
聖書は人々が読んで印税は教会に捧げたそうです。

17)ゲーテは26歳で山や森を歩いて資源を探し
貧しい土地を豊かにしようと
鉱石を発掘、財政等を立て直した。

アイゼナハには、工業都市としての顔もある。
旧東ドイツ時代には、高級車ヴァルトブルクの生産地であり、

東西ドイツの統一後は、オペル社の自動車工場が置かれています。

18)アイゼナハを後に(約197km約2時間)フランクフルト

19)フランクフルトでドイツ最後のランチです。

20)最後のビールは最高でした~

ハンバーグ・ポテトサラダ、チーズケーキ~
美味しかったです。

21)東ドイツの信号機~アンペルマン~

楽しかった~
又、おいでよ~
って見送ってます~♪

22)ドイツを訪問するのが遅かったのは~
言葉の壁と映画の印象が強く表情がなく
暗い雰囲気で足が向きませんでした。

訪問して~先入観と違い接する人達は皆親しみを感じる位親切で
もっと早く訪問すれば良かったと思いました。

23)ドイツの高速道路は無料です。


ドイツの平均月収約24万円位、
(ガイドさんは15万円位と云っていました。格差はある様です)

税金は高く20~46%位、殆ど福祉、
公共料金は安いが物価が高く生活は質素です。
贅沢は感じられませんが~
人々の生活は平和に満ちて穏やかな雰囲気でした。

因みにドイツは基本的な教育費無料。

医療費は訂正です~
1980年から、自己負担制度が過剰診療を防止するために
導入されている自己負担額は、
医薬品は価格の10%ほど(5~10ユーロの範囲)(wikipedia)

旅行中ガイドさんが話してくれる事を
書き留めたのを書いていますが・・・

調べるとガイドさんの説明に違いが生じている様ですので
訂正をさせて頂きました~

24)フランクフルト発18時(10時間20分)のフライトです。

11月8日13時05分無事、成田到着です。

ドイツの自給自足率は92%因みに日本は39%(2013年)
自給自足率の低い国は滅んでいきます。

今回はいろいろな意味で勉強になった旅行でした。
機会があれば又、訪問したい国ですね。

拙いドイツ紀行を最後まで見て頂き有り難う御座います。
 
       

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ドイツ紀行~14(クヴェートリンブルク~ワイマール)
新規投稿するのに~yahooは又、変えましたね。
今までのにやっと慣れたのに~yahooめ~
画像が消えない様にもっと使い易くして欲しいです~
今日も野鳥を撮りに行って~まだ整理出来ていないので~
まだ~残っているドイツをサラッと見て下されば嬉しいです。

8日目の午後(11月6日)

ハルツの山から流れ出たボーテ川のほとりに
木組みの家々が並び、交易で栄えた
1000年の古都クヴェートリンブルク、世界遺産登録です。

1)御伽の国に迷い込んだ様です。
  マルクト広場

     観光用ミニトレイン
2)マルクト広場の入り口にある音楽師たちの像

3)木組みの家

4)これは~                            カメラを向けると笑顔でした~

                   5)聖セルヴァンティウス教会


クヴェートリンブルクから約120km(約3時間)ワイマールへ

6)秋のドイツは日が落ちるのが早く~途中車窓からの夕景~

7)昔の絵画にありそうな~ドイツらしい夕景~

8)車窓からなので映り込みが~
   夕焼けがキレイでした.

9)ワイマールに到着は19時40分~もう真っ暗です。

                      マルクト広場
10)この暗い中を少し街を散策です~暗くてよく判りません~

  市庁舎(新ゴシック様式)
          11)クラーナハが住んでいた家
      ルネサンス期のドイツの画家ルカス・クラーナハ

 12)ドイツ最後のディナー見た目は美味しそうですが・・

スープは辛く、メインの魚も不味く~ガッカリでした~(>_<)
ビールはテイスト程度に~いろいろ味見して
飲兵衛ではありませんが~
ドイツのビールは美味しかった~

13)ホテルの部屋から外を見るとライトアップされていました~

余り日本では知られていない町ですが~
ゲーテ、シラー、リスト、クラーナハなど芸術家たちの
家が多く残されているのに夜、遅く時間も無く~
その様な所を回る事も出来ませんでした。

撮影 2014年11月6日
場所 ドイツ・クヴェートリンブルク・ワイマール



ドイツ紀行~13(ポツダム~クヴェートリンブルク)

今日は寒の戻りでしょうか~

気温6度で晴れ間はありますが寒いです。

それでも三寒四温で春の近付きを感じます。


疎かになっているドイツ旅行も終盤に入りもう少しです。
独断と偏見、私感のブログなので飽きた方はスルーして下さいね。

            8日目2014年11月6日
1)ベルリンの朝、
 空港が近いのでホテルの上を飛行機が頻繁に行き交う
ドイツのスズメ~   薄暗く鉛色の空~ベルリンの朝

ベルリンから約35km(約1時間)ポツダムへ向かいます。

ポツダムはハーフェル川や多くの
湖と森に囲まれた人口約14万人の古い都市

ベルリンとポツダムを結ぶ橋で、
ヴァーン湖とハーフェル川 の間に架かる橋、

冷戦時代に米ソのスパイの交換が 行われたことから「スパイ橋

           別名グリニッカー橋
2)             赤いが今でも残っている所

                     色が変わっています。 

横山 秀夫の小説「半落ち 」で裏取引をするという意味で
グリーニカー橋を渡る」というセリフが使われている程
スパイ小説の舞台になっていた橋です。



3)サンスーシ宮殿が見えて来ました。
  車窓からでケラレはご容赦を~<m(__)m>
4)門の所で観光客が来るとその国の音楽を奏でます。
何処の国でも現地ガイドさんを見ると何処の国が分かる様ですね。

5)サンスーシ宮殿は、ドイツ北東部の首都ベルリン南西約30km、
ブランデンブルク州の州都ポツダム市街の西に広がる

サンスーシ公園北東部に建つロココ建築の宮殿。
6)「サンスーシ(Sans Souci)」とは、
フランス語で「憂いなし」を意味、

1990年に、宮殿の建物及び庭園は
「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」の
1つとしてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録
1745~47年にクノーバルスドルフがフリードリヒ大王の設計を
基に高台に建てた宮殿

ロココ様式の宮殿には中央に「楕円の間」両端に「円形の間」
目の前に広がる葡萄や無花果の段々畑の庭園は広さ約290万平方米
7)ドイツのカササギ~
8)世界遺産 ツェツィリエンホーフ宮殿へ向かいます。

9)バスを降りて散策しながら~黄葉がキレイでした。
ドイツに来て良く色付く木々は黄葉で紅葉は殆ど見ませんでした。
10)世界遺産 ツェツィリエンホーフ宮殿
1917年に当時皇太子であったヴィルヘルム2世のために建設されました。

 1990年に「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」の
1つとしてユネスコの世界遺産(文化遺産)に 登録 

日本では「ポツダム宣言」で有名です。

11)ここでも支払うと写真撮影が許可され
赤い紙製のリストバンドを巻いて入り、勿論フラッシュは禁止です。

12)ここで1945年ポツダム会談が行われた場所
1945年7月17日~8月2日、
米英ソの3ヵ国の首脳が第二次世界大戦後の
日本の戦後処理について話し合った、
ポツダム会談の会場として使われた。

   13)当時の写真
14)その時も窓の外は同じ景色だっただろうか~
二度とこの様な愚かな戦争を繰り返えしてはいけないと、
改めて戒めの気持ちになりました。

ポツダムを後に~約180km(約3時間)
クヴェトリンブルクへ向かいます。

15)クヴェトリンブルク
ユネスコ世界遺産. ドイツ国家発祥の地、クヴェトリンブルク
過去と未来 が交錯する活気に. あふれた街です。
何処へ行くのか散々歩いて~やっとレストランに着きました~
16)まずはお昼も過ぎているのでレストランへ~

17)ドイツはビールが安くて美味しい~
ここは日本人のシェフが居ました~
ロールキャベツもアイスクリームも美味しかった。
18)フレンドリーでカメラを向けると笑顔でした。
お洒落なレストランで素敵なおもてなしでした。
19)街の様子~ウィンドウもお洒落~
グリュンダーツァイト. 時代(泡沫会社乱立時代)と
20)ユーゲントシュティール (青年派様式) 建築物、

ロマネスク様式の建物、1300もの絵の様に 美しい木組みの家々、
歴史的な都市構造により、極めて保存状態の良好な
 “中世都市”とされています。

ドイツ紀行~終わらなかった~(-_-;)
まだ続きます。

撮影 2014年11月6日
場所 ドイツ・ベルリン・ポツダム・クヴェトリンブルク
 



ドイツ紀行~12(ドレスデン~マイセン~ ベルリン)

今日は久し振りに良いお天気になりました。

気温も上がって~14度あり~春の日差しが暖かくて気持ち良いです。


 ドイツ旅行がやっとドレスデンに入りもう少しですので~
 お付き合い頂けると嬉しいのですが・・・
飽きた方はスルーして構いません~(^_-)-☆
 
7日目(2014年11月5日)
 
 1)ドレスデンのホテルからの朝焼けです。
 2)ドレスデンは、ドイツに約100年ほど存在した
  ザクセン王国の都だった都市
 街を流れるエルベ川を境に、
南側に旧市街、北側に新市街が広がっており、
歴史的建造物は旧市街に集中しています。
歴代ザクセン王の居城だったドレスデン城
 3) 
ザクセン王室最盛期の王・アウグスト強王によって建設された
ツヴィンガー宮殿は、ドイツ・バロック建築の傑作と名高い。
4)内部には博物館や美術館もありますが~工事中でした。
ドレスデンがある東部ドイツは、
高級磁器の生産地として名高いマイセンや、
 美しい宮殿や景勝地が点在するエリアとして知られています。
 5)エルベ川 
6)マイセン製磁器タイル
  約2万5000枚に描かれた壁画「君主の行列」
7)ライオンのミルクで育ったと云われている
アウグスト強王素晴らしい壁画です。
  8)ドレスデンの旧市街の様子~
ドレスデンの観光後、約26km(約35分)マイセンへ向かいます。
 マイセンはチェコ国境の向こう側から続く、
エルベ渓谷の終点でもあります。
 
9)マイセン陶磁器工房見学です。
 10)入館すると~マイセンの世界です。

  

 11)アップしきれない程撮りましたが・・・
   12)全部は無理です。
 雰囲気を感じて頂ければ嬉しいです。

 13)工房見学で手作り・手書き絵付けです。
記念にマグカップを買いました~
14)見学が終えてすぐ近くのレストランでランチ~

15)ビール・トマトスープ・鱈ソテーポテト添え・プリン
               16)窓辺の憂い

 ランチを済ませ約193km(約3時間)北上でベルリンへ向かいます。
 いつもの様にバスの中はランチ後はお昼寝タイム
添乗員さんが「そろそろベルリンに着きますよ~」と~外を見ると
17)ベルリンの看板が見え~夕方なので鉛色の暗いイメージの街です。
 18)この日はベルリンの壁崩壊から
   25年の記念イベントの準備がされていた。
 19)旧ナショナル・ギャラリー           新博物館
 20)日が落ちるのが早くて~暗くて写真がイマイチです~
   
21)古代エジプトの『王妃ネフェルティティの胸像』は撮影禁止。

 22)エジプトへ行った時に~
 23)返して欲しいと言っていたのが~良く判りました。
  24)ブランデンブルク門
ベルリンの都市門として唯一現存するブランデンブルク門は、
かつては何よりも東西 ベルリンの分断の象徴でしたが
壁の崩壊以降、ドイツ統一のシンボルとなりました。
この砂岩で出来た建造物は、
ドイツ古典主義の最も美しいと云われています。
 
25)クアドリガ(四頭馬車)と女神ヴィクトリア
 26)ベルリンの壁(フラッシュ無し)壁の長さ155km高さ4m
   295の監視塔があった。
ベルリンの壁とは、冷戦の真っ只中にあった1961年8月13日
ドイツ民主共和国政府によって建設された、
西ベルリンを包囲する壁である。

1989年11月10日に破壊され、
1990年10月3日に東西ドイツが再統一されるまで、
 この壁がドイツ分断や冷戦の象徴となった。
(Wikipedia)
 27)暗くて~(フラッシュあり)

      壁が撤去された跡の路面に残された刻銘
 28)柵の間から~
       もう~25年も経つのですね。
29)ベルリンのテレビ塔(高さ368m)車窓からでケラレが~
 30)ディナーで日本の曲を聴かせてくれました~
 31)ビールは何処でも美味しかったですね~
この日のメインデュッシュは豚足~
勿論食べませんでした~
 
 撮影 2014年11月5日
場所 ドイツ・ドレスデン・マイセン・ベルリン



ドイツ紀行~11(ディンケルスビュール~ バンベルク~ドレスデン)

今日は二 十 四 節 気、「大寒」ですね。

大寒(だいかん) 立春までの期間、

太陽黄 経300度 小寒から数えて15日目頃


冬の季節の最後の節気小寒から立春までの 30日間を寒の内といい、

大寒はその真中で一番寒さが厳しいと云われています。
 今日は昨日ほど寒く無く穏やかな日差しが早春の予感です。   イメージ 22
ドイツ旅行が滞っています~(・_・;)
皆様には退屈カモ知れませんが・・・
旅の思い出として残したいので飽きた方はスルーして下さいね。
 
6日目(11月4日)
フュッセンのホテルを8時に出発して
約229kmディンケルスビュールへ向かいます。
 
1)フュッセン・ホテルの部屋から朝の風景(レヒ川
途中トイレ休憩があり、有料で€ 0.50のカードを購入して
トイレを済ませるとそのカードで買物が出来ます~と、
言っても何を買うにもこれでは買えず
結局お金を足して買い物です。
 
国に依って違いますが・・・
購買力を促進させる為のドイツならではの策ですね。
日本なら苦情が来そうです。
 
2)バスで約2時間10分~ディンケルスビュールに到着です。

 ここは30年戦争(1618~48年)の真っ只中
町は敵のすスウェーデン軍に取り囲まれた時に子ども達が
敵の将軍の前で必死に慈悲を乞うて
 町を救ったと云われています。
 
3)橋を渡り~門を潜ると・・・・
 4)木組みの可愛い家が立ち並んでいます。
 5)スーパーに寄ったり~町を散策です。
  6)ここでランチです~
7)ここでは美味しいランチが頂けました~
 8)レストランに日の丸の国旗です~歓迎の意味かな~?
ディンケルスビュールでランチを済ませ~
 約161km(約2時間10分)へ向かいます。
 バスの中はお腹も満たされ~お休みタイムです。
 
 9)15時20分次の目的地バンベルクに到着です。
 10)もう~この辺りになると~記憶が定かではありません
11)写真とガイドブックを見ながら~朧気な記憶を辿っています。
バンベルクは、バイエルン州オーバーフランケン行政管区の
郡独立市で、バンベルク郡の郡庁所在地。
バンベルクは、大学都市であり、大司教の都市であり、
ビールの都であり、行政都市である。

12)1993年にユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録
 13)キリスト教美術の宝庫と云われている大聖堂
14)バンベルクの騎士     皇帝と皇后の墓石             
 15)工事中でよく見る事が出来ませんでした。

 16)新宮殿からの景色
17)薔薇庭園、薔薇が少ししか咲いていない(>_<)

丘の町で北のローマとも云われているそうです。
 
ビールが有名らしいですが・・・
呑まなかったです。
 
18)レグニッツ川

 19)この日の宿泊地ドレスデンに入りました。

 20)有名人の版画がお洒落なレストランです。
 21)ピンクの○で囲ってある所までビールが注がれているか目安です。
 
流石~ビールの国ですね~(^_-)-☆
 ディナーはビーフステーキで美味しかったです!

撮影  2014年11月4日
場所 ドイツ・ディンケルスビュール・バンベルク・ドレスデン



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