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四季を通して花・風景そして富士山を撮っています。 ドライブ・旅行も好きなので海外・国内旅行などを 楽しんで頂ければ嬉しいです。

韓国~水原華城を訪ねて~5
 
朝から雨が降り続いて花たちが濡れて花びらが重そうに垂れています。
ここの処、花が続いていて~まだあるのですが・・・
先日の韓国の旅がまだ残っているので皆様には退屈かもですが
最終章です。もう少しお付き合いの程を宜しくお願いします。
 

 
18世紀末、李氏朝鮮第22代国王・正祖(チョンジョ)が父(思悼 世子)の
墓を楊州から水原の顕隆園(隆陵)に移し、
その周囲に城壁や塔、楼閣や城門 を築いて防護を固めた。
 これが華城(ファソン)です。
当時の朝鮮の城塞建設の酔を集め西洋技術も駆使されています。
 総面積130ha(東京ドーム約28個分)です。
 
1)幻の都 水原華城スウォンファソン)
  京畿道(キョンギド)水原(スウォン)市にあり、
  ソウルから南に40Kmバスで約1時間位でした。
  水原城には城郭に沿って旗が立てられています。
  南は赤。西は白。北は黒。そして東は青です。
 
2)城壁を修理しています。    3)青なので東です。               
 

4)東北空心敦(トンプクコンシムドン)

 
東北空心敦は華城にある二つの空心敦の1つで、
蒼龍門と東将台の間にあります。
内部が空洞で螺旋形なので、
別名「さざえ閣」とも云われている。
ここは一種の望楼ですが~
守備と攻撃は出来、砲も撃てます。
 
1794年に築城を開始して2年8ヶ月で完成した水原城である。
周囲5、7Km、随所 に見張り台、砲台、暗門等を備えた城は
機能美に溢れ、華城ファソン)と云われている。
  
     5) 東将台 (ドンチャンデ) 

 東将台は華城にある二つの将台の1つで、
別名「練武台」とも呼ばれています。
 
城の東側の軍事施設の中で重要な所であり、
華城の中で最も威容を誇る場所です。

6) 暗門(アンムン)

現在暗門は4つあります。
暗門は城壁の秘密通路で、
城郭の折れがった部分や樹木に隠れてよく見えない所などに
設けられています。 
この暗門は敵に見えないように
食糧や武器、物質などを
搬入し たり人々が密かに往来するために作られました。
門の大きさも馬1頭がかろうじて
通れるぐらい狭いです。
 
)東北角楼〈トンプッカッル)8)訪花随柳亭(パンファスリュジョン)                   

9)訪花随柳亭(パンファスリュジョン)は
華虹門の東側の丘の頂上に位置しています。 
10)美しい景観を「龍淵待月」と云い、水原八景で第一と称されています。  


 水原城随一の景観を誇る訪花隋柳亭は、
もともとは見張り台かつ兵士の休息所ですが、
 他の建物と一風違っていて、小高い丘の上に建っていて、
下には龍池を控えています。
4月の初旬から中旬にかけて桜の花が咲き乱れ、
夏には柳の緑が見る人の目を楽しませてくれます。
 
水原城を造られた正祖大王が酒宴を開いたというのもここ、
訪花隋柳亭(パンファスリュジョン)なのです。
 
  11)訪花隋柳亭パンファスリュジョン)の全景です。

  
12)黒い旗なので北暗門~

 暗門(アンムン)とは城の正門でない脇の門で、
簡単に言えば城の秘密の門」です。
                  
  13)西将台(ソジャンデ) (華城将台)

 八達山の頂上に位置した軍事指揮所で、別名「華城将台」とも 呼ばれ、
2階建ての楼閣になっている四方を見下ろしながら指揮出来る様に
 西側で最も高い場所に建ってある。
  
14)左側の建物は観光案内所です。                            
半分廻って1時間半位掛かりました。雨も降ってきました。
  
   15)華虹門(ファホンムン)

この門は川の上に造られた韓国で唯一の楼閣です。
華城には 水原が南北に流れるので水門を設け城を
連結する石橋を造り、人が通れる様になっています。
橋の長さは約30m、幅は9、6m
この華虹門は石造りの7つのアーチ形水門が 設置されており、
この7つの水門中真ん中の水門は左右の水門より
少し広く大きく造られています。
 
16)華城列車

これに乗って廻る事も出来ます。私達は乗らず歩きました。
 
      17)韓国式弓道の練習場が設けられていて、
一般の人も会員になれば、弓の練習をさせてもらえます。

  
18)中央:東将台(トンチャンデ)  錬武台〈ヨンムデ〉
  東将台は兵士を訓練した所で錬武台とも呼ばれている 。

 
    華城は老論を排除し実学を重視した正祖(チョンジョ)の
   理想都市であり、一時は華城への遷都も検討されたが、
   華城完成直後に正祖が死亡したため遷都は見送られた。(HPより)

   今回、日数も短くソウル近郊だけの観光で韓国歴史巡りでした。
      私もおぼろげな記憶を辿りながらで疲れました。
    皆様には貴重な時間をお付き合い頂き有り難う御座います。
 
                  撮影  2012年3月16日
 
 

 
               ~番外編~
 
             ソウルの街

  
   地下鉄に乗りました。                           
夜の明洞(ミョンドン)
地下鉄はカードを購入して乗ります。
日本語が表示されるので安心です。
 駅名も4ヶ国語で流れて勿論日本語でも
アナウンスされます。

      夜の明洞(ミョンドン)は賑やかでした。
   残念に思うのは歩道に車が乗り上げてUターンしたり
   歩道に車を止めているので歩道が凸凹で歩き難かった。
   朝、道にはゴミが散乱していて汚くビックリでした。

   こんな~着ぐるみも~     
 ツーショットで可愛いですね~

     韓国と云えば焼き肉                      
  チジミも美味しかった。

 
           早朝の街~                         
       屋台が朝まで営業中です。


      今回の訪韓で何処へ行っても親切にして頂き嬉しかったです。
        短い旅でしたが~いろいろ楽しみました。 
    皆様には拙い記事にお付き合いを頂き、有り難う御座いました。
 
 
      
 
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韓国~昌徳宮・宗廟~4
 
      昨夜からの雨が降り続いて花冷えの週末になり~
         しっとり濡れた花を眺めています。
       韓国の旅が記憶の彼方へ消えそうなので~
          呼び戻しながらのアップです。

3日目
空模様は今にも雨が降りそうです。
 昌徳宮 ( チャンドックン)は韓国ソウル特別市に
所在する李 氏朝鮮の宮殿。
李朝(りちょう)の第3代太宗が、
1405年、離宮としてソウルに創建した宮殿。
 
1)敦化門(トンファムン)ユネスコ世界文化遺産

 
 
2)歴代の王様が四季を愛でた庭園

   総面積は約44万5000㎡、
1463年に第7代世祖によって拡張され、
 王宮としての体裁を整えるに至った。
   
3)錦川橋(クムチョンギョ)   
                                                                                    

 門を入り右側に位置する錦川橋(クムチョンギョ)は
1411年に造られた、ソウルに残る最古の石橋。
動物の形をした石造が彫られています。
 
       4)進善門

    真ん中は王様が通る処です。
 
5)ここにもカササギがいました。

  
  6)仁政殿(インジョンジョン)

 昌徳宮の正殿~仁政殿
 
王の即位式・朝礼・外国使臣の接見などの
重要行事が行なわれ、臣下は前の広場にて
位階に応じた位置に付きます。

7)外側から~                
  8)内側から~

 
      9)中心に御座(王の座席)を置き
   「日月五峰図(イロルオボンド)」が飾られています。
 1900年代以降に導入されたシャンデリアなども見られます。

  
10)宣政殿(ソンジョンジョン)王が日常的な政務を行なった便殿。

 学者・官僚の勉強や儒者の試験、宴が開催
された事もあったそうです。
 
11)宣政殿(ソンジョンジョン)は現存する宮殿の中で
    唯一青い瓦屋根をもつ貴重な建物です。

 
12)韓国は冬が厳しいので「オンドル」(床暖房)で温めます。
 

            ⇖通気口~
               通気口は貼り付けました。
  
13)回廊

 
     14)大造殿(テジョジョン)

 
15)煕政堂(ヒジョンダン)
王と王妃の生活空間。一部西洋式に改造されています。
車が横付けになる様にして有ります。

 
    宗廟(チョンミョ)日本語読み(そうびょう)
  宗廟は朝鮮王朝の歴代王と王妃に祭祀を行う場所です。
李氏朝鮮時代の27代の歴代の王と王妃が葬られている所であり、
      神位(位牌)があるだけです。
 
16)外大門(ウェデムン)
 
 

  世界無形文化遺産に登録されています。
 
 
17)中池塘(チュンジダン)

池の周囲の四角い囲みは「大地」を、
中央にある円形の島は「空」を意味し、
両者が調和することで平穏な世になるように、
との願いを込めて造られました。
 
韓国は松を植えていて、杉の木はないので~
花粉症にはならないそうです。
                        
    18)斎宮(ジェグン) 御粛室(オスッシル)とも言われ、
            王と皇太子が祭祀前日に身と心を清めた場所

 
 19)祭祀に捧げるお供え物を検査する壇

  
20)宗廟正殿(チョンミョ・チョンジョン)
広場の石畳が開放感を与える。
後ろの柱と柱の間に、1組の王と王妃が祀られている。

 
宗廟では毎年5月にある王室の祭礼儀式
はじめ、様々な儀式が今も厳粛に執り行なわれており、
王の子孫によって当時の伝統が受け継がれる
様子を見る事が出来るそうです。
宗廟内には現在、正殿(チョンジョン)19室に49位、
別廟である永寧殿(ヨンニョンジョン)16室に34位、
そして正殿の前庭にある功臣堂(コンシンダン)には
王のために功を立てた臣下の位牌83位の
合計166位が安置されています。
 
           昌徳宮・宗廟でした.
 
                  撮影 2012年3月16日
                場所 韓国 
 
            ~~~オマケ~~~
              今日、宅急便で筍が届きました。
          早速灰汁抜きして~今日は筍尽くしにします。
            これから夕飯に五目寿司を作るので~
            筍以外の材料の買い出しに行ってきます。
 

韓国~百済文化を訪ねて~3
   
            桜や草花が咲き始め~
          写真を撮るのに忙しくなってきました。 
           韓国旅行が後回しになってしまい
           記憶が徐々に薄れてきています。
            皆様には退屈でしょうが・・・
          少しお付き合い頂ければ嬉しいです。

               2日目の午後
 
昼食を済ませ~韓国中西部の忠清南道(チュンチョンナムド)の
郡庁所在地扶餘(プヨ)は、白馬江(ペンマガン)、錦江(クムガン)
(このあたりの 呼び名)に臨む百済の古都です。
古代日本史に登場する「白村江」(ハクソンコウ)又は(ハクスキノエ)と
いうのはこの川の事です。
百済との交友関係にあった当時の日本は百済の援軍要請に応じ
唐・新羅の連合軍とここで戦ったとの事です。
 
    船で白馬江(ペンマガン)を遊覧~この船に乗りたかったな~

  
人数が少ないので~乗ったのはこの舟です~><
    扶余の白馬江を見下ろすように高くそびえたっている岩の絶壁が
            落花巌(ナックァアム) です。
 
 落花巌は百済が新羅と唐の連合軍に陥落した時、
 百済の三千宮女がまるで落下する彼女らの衣装がヒラヒラとなびいて、
 落花の様に白馬江の下に身を投げたという伝説で有名な場所です。 
              (落花厳の文字は貼り付けました~^_^;)

 
 
聖王( ソンワン)が西暦538年にソウル近郊・公州(コンジュ)の
「熊津城」(ウンジンソン)から扶余「泗砒城」へ遷都して百済文化が
花開くが、やがて660年、唐と新羅連合軍に滅ぼされる。
この時日本から斉明天皇・中大兄皇子配下の軍隊が応援に
駆けつけるが、連合軍に破れて敗退、錦江河口は「白村江」
古戦場の候補地の一つです。
 
済の聖王が、538年に熊津(現在の公州)から泗沘(現在の扶余)に
遷都した時、非常時の逃げ込み城として海抜106mの
扶蘇山に山城を築いた。それが扶蘇山城です。 

        舟を降りて扶蘇山城後門、ここから上ります。

 
落花巌から身を投げた女性の霊を慰める皐蘭寺(고란사:コランサ)
百済末期に建てられたものと推定されています。

             木の上の方にカササギの巣があります。

寺の裏には薬水が沸いており、そしてその近くに自生する
皐蘭草(고란초:コランチョ)という珍しい草が自生していて~
その名に因んで付けられた名前が皐蘭寺(고란사:コランサ)です。
寺の裏に湧き出る水は韓国一の薬水(銘水)で知られ、
飲むと20歳若返ると言われ、歴代の王は毎朝、宮女にこの水を汲ませて
お茶を飲んだそうです。
湧き水のそばには「皐蘭(コラン)」という、この寺でしか生えない不思議な
蘭が自生し、宮女はこの神泉から汲んできた証しにと、皐蘭の葉を一枚、
水に浮かべて王に献上したと伝えられているそうです。
 
             落花巌の上に建つ百花亭

 
定林寺址(ジョンニムサジ)百済後期を代表する寺院。
焼け焦げた跡が残る五重の石塔が、敷地内に残るだけの寺址です。
五重の石塔は百済塔とも呼ばれ、高さは8.3Mあります。

この石塔の第1層には「大唐平百済国碑銘」の文字が刻まれており、
これは唐と新羅の連合軍が百済・扶余を平定し、
寺を破壊した勝利の記念に刻まれたものと考えられているとの事でした。
 中に入ると見事な色彩です。真ん中に鳳凰が描かれています。
 
丹青(タンチョン)様式と呼ばれ赤・青・白 ・黒、の五色で陰陽五行説の
影響によるとの事です。(追加しました~<m(__)m>)


    高麗時代の石仏               
 横から見ると平びったいです。

 
錦江の近くに位置する公山城(공산성=コンサンソン)は、
 百済の首都だった熊津城( 웅진성=ウンジンソン)と云われ、
公州(コンジュ)を守る為に作られた百済の代表的な古代城郭です。
475年に高句麗(コグリョ)に追われ公州まで遷都し、
文周(ムンジュ)王、三斤(サングン)王、東城(トンソン)王、
武寧(ムニョン)王、聖(ソン)王までの
5代の約64年間王都を守り続けました。
歴代の武将碑~偉い人程立派です。
  
元々は土城だったが朝鮮の宣祖(ソンジョ)
仁祖(インジョ)時代に現在の様な石城に改築され、
城郭の全長は2,660m外城を除くと2,193mです。

  
錦江の海抜100mの山頂に位置し天然の軍事的防備施設で、
東西に焼く800m、南北に約400mの長円状に造られています。
 
錦西樓(クムソル)



公山城は公州市にある百済時代(234‐678)の山城。
現在は全長約2.5km

  
見た目からして、大きく長く、その全長は約2.5kmでゆっくり歩いて
周ると約2時間30分ほどかかるそうですので~1時間位の散策でした。


 
錦江(クムガン)橋を望む~

 
観光が終わって~夕飯はビビンバを頂きました。               

 お店の人が混ぜてくれます。

    写真が多くなってしまい~お付き合い頂き有り難う御座いました。
      もう少し続きますが・・・私の旅の備忘録と残したいので
             宜しくお願いします。

                   撮影  2012年3月15日
 
 

韓国~百済文化を訪ねて~2
韓国2日目
 1500年の時空を超えた百済の歴史に触れたいと~
扶余へ(ソウルからバスで約2時間位です)
 日本との関わりも深かった百済、
その最後の都として知られているのが「扶余」です。


朝、ホテルの前で野鳥を見ました~何と云う鳥かな~?と聞くと
カササギ」との事です。韓国では「カチ」と云うそうです。

ソウル市の鳥で沢山います。因みに韓国の国鳥は「鳳凰」と
聞きましたが・・・調べると・・・
「カササギ」が公募で選ばれたそうですが~
まだ国鳥として公式には決まっていないそうです。
まだ暗くて上手く撮れません~^_^;
 

 韓国は時差が無いと聞きましたが~
日本より日の出が40分位遅い様です。 
 その分日が落ちるのが遅いです。
  タクシーで集合場所へ向かう途中~
  やっと朝日が顔を出しました。
  
百済(くだら)最後の都 扶余
当時の扶余は白馬江(ペンマガン)錦江(クンガン)に
臨む扶蘇山(プソサン)を砦とし、仏教文化が花開いた一方で、
激変に依り唐と結んだ隣国の新羅に攻め滅ぼされてしまう。
 
2010年の秋に大百済典を機に建設された「歴史再現村

 広大な敷地に百済の都が再現されており、
当時の姿を思い起こさせてくれます。
百済時代の宮廷、五重塔などをはじめとした建造物で、
百済文化を表現しています。扶余の新しい観光名所です。
165万平方メートルの百済歴史再現団地内の入り口です。
下に敷いてあるタイルには「竜」が描かれている。

 
泗沘宮は天政殿(チョンジョンジョン)を中心に、
武徳殿(ムドクジョン)、麟徳殿(インドッジョン)など
14棟の建物が建てられています。

  陵寺再現の為、扶余郡から出土した五重塔跡や寺院の石塔を参考にし、
伽藍の配置は百済時代の一般的な配置を用いました。                                         

高さ38mの五重塔の金色は19kg                                         純金だそうです~@@

 
   広大な土地に立派な建造物で当時の栄華が偲ばれます。

 
        百済時代の住居を階級別に再現した民俗村       

 
  広い敷地の村には貴族の屋敷、儒学者や医学者の屋敷。
 
 一般庶民の家は藁葺き屋根、貴族の屋敷は瓦葺となど
  一見して貧富の差が見て取れます。
扶余へ迷い込んだのかと錯覚する位再現され~
映画のワンシーンを見ている様でした。 
          鍛冶屋の家、木工職人の家などが並び、
             一つの村を形成しています。

  
五重塔が目を引く陵寺(ヌンサ)は、扶余(プヨ)郡の陵山里から発掘された 
百済時代に歴代王を奉った寺院の遺跡を同スケールで再現した寺。

 
午前中の観光が終わり~ランチです~
右側にある葉っぱにご飯といろいろな総菜を載せて丸めて食べるそうです。

    あっ~まだご飯が来ていなかった。
 
   次は錦江(クンガン)へ向かいます。

                     撮影 2012年3月15日
                    場所  韓国

                      次回へ続きます。
 
 

韓国~ソウル近郊記~1
 
            ご無沙汰しております。
 
         お彼岸も過ぎ~春の日差しが感じられ~
       桜の便りも聞こえてくる様になってきましたね。
 
           先日、久し振りに(1年ぶり~)
                   ちょこっと国外脱出して韓国へ行って来ました。

                      お隣の国で近い様で遠い~?
              韓国は初めてです。
         まず~久し振りの成田国際空港を懐かしく感じながら
 
              もうすぐ~フライトです。

 
    これは違う飛行機です。

 
  

 
 日本から韓国は約2時間20分のフライトです。
 なので~乗ったと思ったら~
 機内食~飲み物は有料ではありません~
 飲み物の有料は国内線かな~?


 外を見ると~
 ここは~日本海かな~?
 
空路を見ると成田から日本上空を
 横断して日本海側~仁川国際空港と~
 国内を移動している様な感じです。
 
   食べ終わると~もう着陸態勢~外は雲っている様です。

 
 15時10分~無事到着しました~^^
気温は6度とアナウンスが有りました。
 人の流れに沿って~歩いていると・・・
 韓国語・中国語・英語・日本語の表記です。
 
 仁川国際空港到着ロビーです。
 

 仁川国際空港は以前Transitで利用した事は有るが~
外へ出るのは初めてです。
 
日本との気温差は感じませんね~
時差は30分あるが~日本との時差は無しです。

 
高速に乗り~ソウルへ向かいます。
 渋滞にハマらなければ50分位でソウル着の予定です。
 
韓国は車社会なので~人より車が優先だそうで~
 気を付けて下さいとの事です。路は広くて~快適です。
 
 ソウルのホテルから~街の様子~

 
    道路はバス路線が有り他の車はその車線を走る事が出来ません。
    通勤ラッシュでもバスに乗れば渋滞にならないそうです。
    そう云えば~バスが沢山走っている様に思えます。
                       
   韓国は観光立国なのでしょうか~外国に来た様な感じがしません  
    必要な言葉を頭の中で繰り返しながら~と、言葉を心配していましが 
   入国審査で日本語で話しかけてくれて不安は一度に払拭されました。 
                                                                                  撮影 2012年3月14日
 
 
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